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命日

4月4日が近づいた。母の命日だ。あれから6年経過した。過日、無事に7回忌を済ませたが、本当に昨日のような感覚である。幾度か危篤状況を乗り越えてきたが、最後は息を引き取った。父と娘、妻と私に看取られながら旅立った。感謝の気持ちは今も変わらない。いや、一層気持ちは強まるばかり。法要では女性のお坊さん、いわゆるアマさんによる読経。母が呼んだのか、女性の読経もなかなか良いものだった。いつも私たちを見ているのだろうか。遅れて逝った父と仲良くしているかな、と思いを寄せる日々は続く。高校時代に作ってくれた弁当、「おはぎと沢庵」という絶妙な組み合わせ弁当が懐かしい。料理の上手かった母、仕草や言動には厳しかった母。人に尽くすために、人は生まれた、と口癖のように言っていた母。私は今、人に尽くし切ってきるだろうか。母の期待に応えているだろうか。「頑張ってるね」と一言もらいたい一心で、日々の仕事に向かっている毎日。ありがとう

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厄年

今年は2021年。私にとっては「厄年」。カーネルは、もう60・還暦になる。数字は勝手に更新されるが、本人の気持ちはついていかず、更新されていない。どこかで厄払いをしないといけない、と妻に相談したが、実は息子も36歳違いの「年男」、つまり厄年。ダブルで我が家は厄払いが必要というわけである。厄年なので気を付けていかないとと思っているが、コロナ禍の影響が大きすぎて、すべての方に厄年が来ているようなもの。その厄年の影響はいかに。。。やはりこれからな、という体の不調が一気に来ている。ここにきて「低音障害」の再発。耳鳴りがひどく、電話での会話が厳しい。おまけに、他人の声どころか、自分の声の認知もしにくい。しかも、眩暈が伴う。ヤバいと思い、急患扱いで耳鼻科に行くが、結果は最悪。予想通り。気持ちを切り替えていこうと、かかりつけの耳鼻科に行くが、さらに最悪。薬を沢山処方してもらい帰宅。そんな中、左足に違和感。もしや。。そう痛風の再発か。またもや整形外科に行くが対処療法のみ。シップと痛み止めをいただき、ひたすら休日は寝るのみ。庶民的な厄年?が続いているが、テーブルの上には大量の薬の山。すでに後期高齢者の予備軍状況。こんな時こそ、バンド活動が支えになるのだが、コロナよ、なんとかしてくれ! Help!
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3.11の恐怖

2.13深夜、大きな地震があった。震度4だったが、横揺れの長い地震。熟睡していたが、あの非常チャイムと家族の悲鳴で起きた。大丈夫、大丈夫、と家族をなだめつつ、何が大丈夫なのか状況も把握できないまま、テレビのニュースを見る。いきなり起きたから眩暈のせいで揺れているのか、そもそも地震がまだ収まっていないのか、まだ揺れていた。ふと蘇る3.11のこと。関東圏の私でさえ、恐怖を覚えた今回の地震。東北や北関東の方々の恐怖はさぞかしい大きかったことでしょう。もう大丈夫。It's all right. Don't you know it's gonna be all right. 今夜はゆっくり寝たいが。。
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A New Year has come

A New Year has come. In 2021, we'll have a wonderful time without any fear and worry. And I'll be sixty years old this new year. Also we'll have thirty years wedding anniversary. 2021 will be the important year for us. I'm looking forward to seeing the newest film "Get Back" soon. Anybody will welcome the best time in this new year. A New Year has come.
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2021に願うこと

2020年は多難だった。だれもが、コロナ禍の中で藻掻きまくった年、2020。私の場合には、さらに身近な方が次々旅立った、そんな辛い辛い2020。まずは妻の父上。妻との30年近い結婚時代にも、絶えず私を立てていただき、文句や口論をした記憶が全くない。そんな穏健な印象しかない義父も、若いころは結構短気だったらしい。さらに私の子どもたちを可愛がってくれ、特に長男には愛をたくさんいただいた。そして6月には同僚の死。突然だったとした言いようのないお別れ。納棺される前のお顔は、いつもと変わらずの笑顔だった。ユニークで大胆で、とても頼りになる方だった。ただただ惜しい。そして3月倒れ、9月に旅立った父。1月には一緒に両国大相撲を升席で観戦したのに。あの晩、一緒に過ごした一日に戻りたい。戻って、もう一度「ありがとう、今まで本当に楽しかった。感謝の気持ちでいっぱいです」と伝えたかった。母なき後、日に日に老いていった父。背中も足も手も細くなって、小さくなっていきました。もっともっと一緒にいたかった。乾杯してお祝いした家族と過ごしたお正月のあの瞬間は、しっかりと脳裏に焼き付いています。どうか、新年は、お母さんと仲良く過ごしてください。2021は平穏な年になることを願って。みんなに感謝。あ・り・が・と・う!!
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トンネルの先は、いずこ

長い長いトンネルから脱出できない。この11月・12月になり、飲食関係は短時間の再度の要請。方向を決めるべきなのは誰か。決める、ということは、責任をおうということ。誰が責任をおうのか。結局、おいたくないので、なすり合う。そんな構図は様々な場面で生じている。季節外れの「桜」問題もいしかり。自分にとって益があると判断すれば、その人を守るが、益がないと判断すれば、守らない。それが人間の正体。いや大人の正体。子どもたちは見ている。そんな大人の汚物を。いいサンプル、憧れの大人がいない。そんな状況を明らかにさせた、コロナは、ある意味、酵素のようなもの。世の中に働きかけ、大人の恥部をさらけ出させる効果・効能をもつ酵素・コロナ。しっかりしましょうよ、大人たち。トンネルの先には、希望の光があるはずだが。。。
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2020もあと2か月

2020に明けた瞬間は、きっといいことがあるに違いない、と根拠のない思いであふれていた。今思うと、よくないことがあることを予言していたのかもしれない。新年早々に義父の他界。いつかはこの日が来ると思っていたが、いざ現実になると様々な思い出が交錯した。やっと落ち着いたかと思いきや、新型コロナの猛威の嵐。学校現場は日々混乱の中。だただた突っ走ってきた数か月。再開の声が聞こえ始めた6月には同僚の重鎮が他界。定年まじかの出来事は衝撃的でショックだった。その後、3月に倒れた父の状況を心配しながら現場を指揮する日々。そして9月7日、父が他界。大きな大きな喪失感。法事関係が一旦終了し、様々な手続きもゴールが見えてきた今日この頃。新年には父を囲んで弟家族と共に新しい年を迎えたのが夢のよう。気が付けば、11月1日。コートが欲しくなる季節になっていた。アマビエの効果の兆しもない。2021年はどんな年になるのか。いよいよ定年60歳を迎える最終年に相応しい年にしたいものだ。バンド活動も再開をしたいが、なかなか夢かなわず。だれか、Help ! Won't you please please help me.
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父の死

父が亡くなった。92歳の人生に幕を閉じた。本当は100歳まで生きて欲しかった。私は母の死を5年前に経験し、すっかり自分がマザコンだと思っていた。しかし、父の死を経験し、マザコンでなくファザコンだったかもしれないと思った。それほど父の死は堪えた。ついに両親がいなくなった、という虚無感なのか、喪失感からくるものなのか不明であるが、とにかく堪えた。ジョンレノンはマザコンだというのが定説だが、本当はファザコンだったのかもしれない。だからこそ、あの名曲「Mother」が生まれたのではないだろうか。年が増すにつれて、父と酒を飲みかわす時の会話がなくなった。というよりも、話さなくても「沈黙の空間」が心地よかった。それが最高の幸せの瞬間だった。もう味わうことが出来なくなってしまった。墓前の前で、今度は盃を交わしたい。今までありがとう。母と仲良くゆっくりお休みください。
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迫る恐怖

迫る恐怖。迫るショッカーより怖いコロナ。様々な自粛をしながら、ここまできたが、また大きな壁。人は時間とともに、防衛機制が働くようだ。慣れからくる「恣意的な忘却」。いやなことは忘れたい、それが防衛機制。それが人の性。GO TO トラベルならぬ、トラブル状態。皆困っている。皆困惑している。私利私欲に溺れる政治家。世の決まり事を作るのが仕事のはずの政治家。自分を律する決まり事でさえ、作る脳能力がない。これなら無政府、アナーキーのほうがまし、と思ってしまう人も出てくる。政治離れ、離してしまっているのは、貴方方・政治家です。こんな時、ジョンのGive me some truth.を聞きたいものだ。ショッカーめ、コロナの次に退治してやる。
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どこがにゴールがある

どこかにゴールがある。そんな想いをいだきながら、数か月経過。コロナは一進一退の模様。というか、実情が伝わってこないのが現実。いったい数字は正解なのか。どこまで調べているのか、どこまで分析できているのか、どこまで見立てて発表しているのか。まだまだ大きな不安の中にいる。人は数か月も不安の中にさらされていると、おかしくなる。よく考えれば、これまでおかしくならなった(そこまで他人を見ていなかった)こと自体、異常だろう。不安の中に浸りすぎると、不安を他にぶつけて不安を拭い去りたくなる。所詮、人は弱いから。「攻撃」という防衛機制で自分を守る。ある意味究極の手段。不安を「攻撃」でなく、一時的にも感じなくするのが、「芸術」かもしれない。6月30日・7月1日といえば、ビートルズ来日の日。あれから54年も経ちました。YouTubeで7月1日版を妻と拝聴。しばしのタイムスリップ。たまには、タイムスリップすることが大切、「攻撃」は何の生産性もないから。ビートルズ万歳!!
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